数学・数理解析専攻 教授 泉 正己

 
 

 私の敬愛するある日本人数学者は、一見関係なさそうな対象の間に関係を見出すことを生涯のテーマとした。それらに隔たりがあればあるほど夢は大きいと。

 数学とラグビーとコーヒー、この一見関係のない3つをこよなく愛した数学者Vaughan Jonesがコロナ禍の2020年に他界した。1990年京都開催の国際数学者会議でFields賞を受賞した彼の受賞理由は、作用素環論という数学の解析学の分野の研究から、結び目や絡み目の新たな不変量という位相幾何学に関する発見を行ったというものである。難問の解決に贈られることの多いFields賞の中にあって異色であり、まさに夢の玉手箱を開けた発見であった。彼はラグビーが宗教であると言われるニュージーランド出身であり、実際大学時代はラグビー選手でもあった。Fields賞の受賞講演を、母国の代表チームであるオールブラックスのジャージを着て行ったことは今も語り草となっている。

 彼は気さくな性格で、経験者である私とはよくラグビーについて語り合った。2015年のラグビーワールドカップで日本が南アフリカを破った直後に彼から祝福のメールが届いた。以来、W杯でお互いの国が試合をするたびに我々はメールを交わした。2019年の日本開催のW杯の準々決勝を観戦した私は、オールブラックスの雄姿の写真を会場から彼に送ったのだが、それが我々の交わした最後のメールとなった。

 彼は自らバリスタの資格を取るほどのコーヒー好きであった。2015年に約1カ月京都に滞在した折、北白川ワールドコーヒーのスワンのラテアートに感激した彼は毎朝通い詰めた。あまりの熱心さに、「店のスタッフが彼を拍手で迎えるようになった」と奥さんが恥ずかしそうにしていた。昨年久しぶりに顔を合わせた奥さんから、2人で京都滞在の記念に買ったワールドコーヒーのマグカップを今でも大切にしていると伺った。